書籍『戦争と性〜韓国で「慰安婦」と向きあう』





日朝協会・「人間と性」教育研究所企画、高柳美知子・岩本正光 編著
『戦争と性〜韓国で「慰安婦」と向き合う』(かもがわ出版、四六判、168頁、1,575円)

への感想や評判が各地から寄せられています。その中から日朝協会機関紙「日本と朝鮮」紙上に紹介されたものを紹介します。
出典がないものは日朝協会本部へ寄せられた本紙に初出のものです。なお一部の人名を省略、またはイニシャルで紹介しています。



もくじ

漫画「もう一度生まれたら、花に」

第1章 「ナヌムの家」をたずねて
1.姜日出ハルモニの話をきく
2.「水曜デモ」に参加
3.李容洙ハルモニの話をきく
4.李容洙ハルモニを突き動かしているもの
5.「ナヌムの家」からのメッセージ

第2章 「慰安婦」を高校の授業でとりくむ
1.衝撃を受ける生徒たち
2.「慰安婦」っていつのこと?
3.「レイプは日本軍だけじゃない」
4.公文書等で「動かぬ事実」を知る
5.「慰安婦」はどのように集められたか
6.なぜ、今になって問題化しているのか
7.ビデオ「沈黙の歴史を破って」を観る
8.戦争と性を考え始めた生徒たち
9.「過去にむきあい、新しい一歩を」

第3章 戦場の兵士のセクシュアリティ(性と生)
1.文学にみる戦争と性−田村泰次郎が描いた「慰安婦」
2.元兵士の証言−女性国際戦犯法廷、ダイヤル110番

第4章 日本軍「慰安婦」 いま問われていること
1.「慰安婦」問題の現在
2.「慰安婦」と「冬ソナ」「ディープラブ」「愛ルケ」現象
3.韓国で見たこと、考えたこと



『戦争と性―韓国で「慰安婦」と向き合う』を読みましょう

高柳美知子

2005年秋、韓国を訪ねました。旅のねらいは2つ。その1つは、韓国ドラマ「冬のソナタ」が、なぜ日本の国で社会現象ともいうべき状況を呈しているのか、とりわけ中高年の女性たちがこれほど魅せられてしまうのはなぜなのか。もう1つは、「冬ソナ」への傾倒が、なぜ歴史認識につながらないのかということ。

団長はいいだしっぺの私。参加者は9名。ずしりと重い旅の収穫は、『「冬のソナタ」から見えてくるもの‐韓流の韓国を訪ねて』(かもがわ出版)にまとめました。

おかげさまで好評を得て、「ぜひ、わたしも韓国に行きたい」の声が寄せられ、昨年のツアーの参加者からも、「ハルモニと話し合えなかったことが心残り」「次は水曜デモに参加したい」の声があがりました。

その思いは団長をつとめた私も同じ。ならばもう一度、「ナヌムの家」を訪ねて、ハルモニから直接話を聴こう、そして「戦争と性」にきちんと向き合おうと思いきめたのでした。旅たつ3日前、埼玉県上田知事の「従軍慰安婦はいない」発言に抗議するために埼玉にいらしていたイ・ヨンスさんとは水曜デモでの再会を約しました。

今回の旅のメンバーは、身体に障害をお持ちのご夫妻2組、その介助役のご夫妻をまじえて15名。仁川空港に着いたその足で、早速、バスに乗り込み、「ナヌムの家・歴史館」に向かいました。

韓国内には約180人の元「慰安婦」がお出でですが、ナヌムの家にいるハルモニは8人。「そのなかで私が一番元気」とおっしゃるカン・イルチュルさんの証言,歴史館を案内してくれた若い研究員の真摯な解説に誰もが心を動かされました。

待望の日本大使館前の「水曜デモ」では、大邸(テグ)から駆けつけたイ・ヨンスさんと再会。大使館に向かって埼玉県知事の発言への抗議を力いっぱいぶつけていました。私たちのツアーからは、高校教師の金子さんが、授業で「慰安婦」問題をとりあげていることや、子どもたちの様子などを韓国のデモ参加者に語りました。デモのあと、イ・ヨンスさんといっしょに昼食をとり、そのあとホテルでじっくりお話をうかがいました。

3泊4日の短い日程でしたが、前回の旅と同じく、たくさんのことを感じ、たくさんのことを考えた旅でした。その収穫は、『戦争と性‐韓国で「慰安婦」と向き合う』(かもがわ出版)と題する1冊にまとめました。

特に今回うれしいことは、「ナヌムの家・歴史館」の若き研究員がメッセージを寄せてくださったこと、彼の友人の漫画「もう1度うまれたら、花に」を掲載できたことです。

「冬ソナ」や「チャングム」のロケ地、西大門刑務所歴史館、韓国民俗村、水原華城を訪ねてのさまざまな思いは、座談会「韓国で見たこと、考えたこと」にまとめました。

「慰安婦」問題は、過去の歴史認識だけでなく、現代の男と女の関係性に深く繋がる、まさに今日的なテーマ。この本をお読みになった感想、あなたの「慰安婦」問題へのご意見など、お寄せいただければ幸いです。

(日朝協会代表理事、「人間と性」教育研究所所長)



(投稿)

松元眞

まず目次、そして本文を拝読致しました。まず、この種の「証言」を基にした本の出版されたことを心より嬉しく思います。いえ、うれしいといういい方は少し違います。「わが意を得たり」というのが正しいでしょう。現在の政治、そして「政治家」といわれる人びとの歴史認識に常に腹立たしさを覚えている私としては、「慰安婦」問題はつまるところ侵略戦争そのものにつながっているからです。

戦争を知らない人間たちが今の政治を動かしている。そのこと自体が世論を危うくしている―そういう時期に、この本の果たす役割は決して小さくはありません。小さいどころか大きい、大きいのです。

本の出来ばえも上首尾です。全体の流れに編集の手練が感じられます。ルポルタージュとしてのイントロから、座談会でしめくくった構成に説得力があります。冒頭のマンガにも編集の妙が感じられます。こういうマンガの紹介にも意義があります。1つの大衆運動としての価値といえるからです。大衆へのアプローチには欠かせません。

そして、やはりこの本の持つふくらみは、第3章の「文学に見る『戦争と性』」の書き様にありましょう。田村泰次郎はむしろ誤解されている作家の1人ですが、『蝗』の紹介は適切です。「文学」の中の人間性が鮮やかに訴求力を伴なっているからです。それに続く「女性国際戦犯法廷」のドキュメントは、田村の作品をより現実化してみせてくれています。

第2章の84ページからの高校授業の在り様にも、事実の持つ強みが表出されており、この本の主題、つまり戦争を知らない子供たちへの警告としての狙いがこめられておりました。

126ページからの詩の配置も活きています。挿入の場所もいい。何より、この本の特色は、全体の文章のトーンにもいえます。声高にならず事実の積み重ね、そして肉づけとしての文学性、決してたかぶらず、しかし重く、静かな筆致によって、戦争の非人間性を訴えることに成功しています。

この本を出版した「かもがわ出版」という会社にも心からの拍手を送りたいと思います。企画された「日朝協会」という団体にも併せてお礼を申し上げたい。それにしても、いまの政治家たちの歴史認識のいい加減さを思い、この本がかれらへの頂門の一針になることを念ずるものです。

随所に配置された写真の数々も1つの迫力をもって迫ります。やはりドキュメントの強みでしょうか。

「戦争」というものの実体に対する今後のご執筆にも、ここに1人の支持者がいることをお忘れなく。期待しております。

(ジャーナリスト、テレビ朝日元報道局長)



まず読んで、普及活動を

さいたま市 男性 Iさん

今回の旅は、身体に障害をもつ夫婦からさそわれ、介助役として私たちも夫婦で参加しました。これまで平和委員会で活動してきましたが、「慰安婦」「ナヌム」「ハルモニ」という言葉は聞いていましたが、良く分かっていませんでした。

最初に「ナヌムの家・歴史館」でハルモニの証言、歴史館を案内してくれた研究員の解説を聞いていると、こみ上げて来るものがあり、涙も止まりませんでした。今度の旅では、聞けば聞くほど日本軍が行なった行為はとうてい許すことのできない事です。

私は、この旅後、何時の間にか「慰安婦」問題の記事など見つけると切り抜きをしているようになりました。

今回の旅が本になって『戦争と性』として発行されたことが嬉しかったです。

読んでみると自分も関わって本当に良かったと思いました。すぐに本の普及をするために先ず自分で読み、8月に東京都北区の「戦争展」書籍コーナーで販売と注文を行ない、その他、活動や旅行の仲間などに合計40部普及しました。>

(旅行参加者)



「慰安婦」は現在の人道的問題

(書評)

「慰安婦」問題に対する日本政府の対応が世界的な批判をあびる現在、戦場における「性」の問題を考え、歴史の事実を若い世代に伝える1冊です。

日朝協会と「人間と性」教育研究所の共同企画として刊行されたもので、韓国の作家による漫画、韓国の元「慰安婦」の女性たちが共同生活している「ナヌムの家」のレポートと被害者たちの体験談、高校での「慰安婦」問題の教育の取組みなどを紹介しています。

アジア各国に対する日本の植民地支配、侵略戦争のなかで心身に深い傷を負わされた女性たちの声に耳を傾け、こうした人道的問題を私たちの問題として検証しています。

(『日中友好新聞』9月25日号より)



書評

(書評)

「慰安婦」問題を「強制性を裏づける証拠はなかった」とする安倍首相。7月には米下院で日本軍の「従軍慰安婦」問題で日本政府に公式な 謝罪を求める決議が採択された。採択前、自民・民主の議員ら140人以上が強制性を否定する意見広告に名を連ね、ワシントン・ポスト紙に掲載したという。恥ずかしい国を露呈していると思っていた矢先、本書が刊行された。元「慰安婦」の勇気あ る行動、加害者側から元兵士の証言、国連でも重大な人権侵害として謝罪・補償を求めていること、性差別、民族差別、戦争がもたらす残忍性や人間性の破壊、そして現在の「性」に至るまで、様ざまな角度から問題を突きつけられた。高校の授業でとりあげた実践例からは近代史を学んでいない生徒たちへのアプローチの苦労と努力が伝わった。(知)

(全日本民医連月刊誌『民医連医療』2007年10月号・422より)



『戦争と性』を読んで

Hさん

「慰安婦」という言葉に触れるといつも思い出される1つの証言がある。

強制的に日本軍兵士の慰安婦として働かされ捨てられた。この悲しみ辛さは母親にもだれにも話せず1人心の中にしまってきた。縁あって結婚できたが夫が日本兵士と同じで卒倒し結婚生活もうまくいかなかった。

この女性の「生」は一体何だったのか考えると胸がつぶれる。日本の植民地支配によって民族的にも差別を受け、更に性差別も受けた朝鮮の多くの女性たち。加害の歴史を全ての人が学ぶ必要がある。

高校でこの「戦争と性」に関して真正面から取り組んだ実践が一番心に残った。事実の重さに青年たちは心つぶれる思いだったろうが、みずみずしい感性できちっと学んだ。こんな若者たちが(国民も)増えることを期待したい。

(『日本と朝鮮』石川版10月号より)



被害・加害の視点が現在の責任問う

(書評)

戦場ならレイプは許されるのだろうか。その問いに「そんなわけはないだろう、戦時だろうが平時だろうが、レイプは許されるものではない」と答える人は多いはず。では「慰安婦」は必要だったのか、との問いにはどう答えよう?レイプを防止するためにはやむを得ない制度だったのだろうか。従事した女性たちは希望して行ったのだから被害者ではない、のだろうか…。

「慰安婦」問題を考えるときに避けては通れないもの、それが「戦場の性をどう考えるか」、「性そのものをどう考えるか」という問題だろう。著者たちは、長年かけて性教育に取り組んできた経験を活かし、本書でそうした問題提起に、まっすぐに向き合っている。

各章では、様々な視点を取り入れる。被害者自らの声として、韓国に住む元慰安婦のハルモニたちの訴えを聞く一方、加害者側からの告白として、一九九二年に日朝協会が行なった「『慰安婦』ダイヤル一一〇番」に寄せられた元兵士の聞き取りや、二〇〇〇年に行なわれた女性国際戦犯法廷での元兵士の証言、文学作品に見られる「慰安婦」像を掲載する。こうした両面からの視点は、現在生活する私たちの責任も考えさせる。本書では戦後世代の責任のとり方の一つとして、授業を通しての教育を具体的に提示する。「証言を読んで、体が震えた」「人間としてやってはいけないことをやった」。授業を受けて初めて、生徒たちの中で「戦争の記憶」との葛藤(かっとう)が始まる。

著者は、本書の中で、戦前の活動家、山本宣治の言葉を引用している。「無知と因習の《性の鎖》を他の鎖もろとも断ち切らねばならぬ。人が切ってくれるのではない。我々自身が切っていく」。今、その鎖を断ち切るために、「彼女たち」は小さな声をあげ続けてきた。今度は私たちの番だ。日本にいる私たち自身が「慰安婦」問題を乗り越えることが、この鎖を断ち切るひとつの契機になるのではないだろうか。
評者 金子美晴 ハイナンNET

(『しんぶん赤旗』2007年10月28日付より)



『戦争と性』を読んで

Oさん

私は本書を手にした時から、高校教師の金子真知子さんが書かれた授業の記録(第2章)を読むのが楽しみでした。現在の高校生は近現代史を学ぶ機会があまりないだろう、その一方で「新しい歴史教科書をつくる会」や靖国派などの歴史観が若者の間にかなり浸透しているようだ、そのうえ、教師をとりまく情勢も厳しい、こんな中で「慰安婦」の授業に取り組むのはさぞ大変だろう、などと思いながら読み始めたのですが、多くの証言や公文書を示し、きめ細かく配慮された教え方で生徒たちの先入観を覆し、歴史の真実を理解させていく見事な授業ぶりにすっかり感服させられ、また、たいへん勉強になりました。とくに「…兵士たちが、人間性を喪失していく姿。それをなだめすかすためにあてがわれた『性的奴隷』としての女性たちの姿。…たんに兵士の性は暴力的な強姦の性だと告発するだけではすまない。人間の姿をこのように歪め野蛮にした国家の構造に迫らなければ、ほんものの学習にならないと思った」との指摘は大変重要だと思います。

金子さんは第4章で「韓流」と「慰安婦」問題が結びつけて議論されることがない要因として、歴史認識の問題とともに、日本社会における性の後進性をあげておられ、現在と過去いずれの問題に対しても、性についての一貫した立場から批判を展開しているように思われます。本書は日朝協会と「人間と性」教育研究所の共同企画、編著者の高柳美知子さんは同研究所の所長、金子さんは所員というように、性を人権としてとらえ、ヒューマンな性のあり方を追及してこられた方々が中心になって作られたものであるため、こうした独自の見方が可能になったのだと思います。

このような本書の独自性は、高柳さん執筆の第3章「戦場の兵士のセクシュアリティ(性と生)」に最も特徴的に表れており、また、この章は本書の中でも最も素晴しいページと思われます。田村泰次郎の文学や「女性国際戦犯法廷」「ダイヤル110番」における元兵士たちの証言を紹介しながら兵士たちの性を分析し語っていく筆致は極めて迫力がありますが、それにとどまらず、最後に「慰安婦」の女性の詩を紹介しながら「消しようのない歴史の事実に真向かうことは、日本人1人1人の戦後責任といえるのではないでしょうか。」と締めくくっています。これは大変重要な思い問いかけだと思います。

本書は一見読みやすいのですが、「慰安婦」問題を多面的に掘り下げ、内容的にも深いものになっているため、全体を紹介するのは簡単ではありません。私は今回、特に印象に残ったことだけを書きましたが、このほかにも、「ナヌムの家」訪問記、韓国旅行参加者の座談会、岩本正光さん(編著者)の簡潔な「慰安婦」問題解説、そして韓国作家による漫画など、内容は豊富です。できるだけ多くの人に、それぞれの関心や問題意識でこの本を読み込んでほしいと思います。

(日朝協会神奈川県連事務局長)



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